はじめに
子どもへの虐待は年々深刻化しています。身体への直接的な暴力に限らず、子どもの目の前で夫婦間の暴力(DV)が行われることも「心理的虐待」とみなされ、子どもへの重大な悪影響が懸念されます。こうした家庭内暴力や虐待の問題は、離婚を検討する大きな理由になるだけでなく、子どもの心身の安全と発達に深くかかわる緊急度の高い問題です。
本稿では、子どもへの虐待が疑われる場合の離婚問題や、具体的にどのような行為が児童虐待に該当するのか、離婚を検討する際に知っておきたいポイントなどを解説します。
さらに、Q&A形式でよくある質問にお答えし、弁護士に相談するメリットや相談先の選び方についてもお伝えします。
少しでも多くの方が、安心できる生活環境を手に入れ、お子さんの健全な成長を守れるよう願っております。
Q&A(よくあるご質問)
本章では、子どもに対する虐待やDVが疑われる状況下で寄せられる質問をまとめました。実際にDVや虐待に直面しているとき、周囲の理解や具体的な行動が得られにくい場合もあるため、まずはどのような行為が問題とされ、どう対処すればよいのかを確認してみてください。
Q1. 子どもが直接暴力を受けているわけではありませんが、夫が私に暴言を吐き続けています。これは虐待に当たるのでしょうか?
いわゆる「面前DV」と呼ばれるもので、子どもの目の前で家庭内暴力や暴言を行う行為は「心理的虐待」に該当します。暴力の対象が母親や他の家族であっても、子どもは深刻な精神的ダメージを受ける可能性があります。子どもの性格形成や対人関係にも悪影響を及ぼすので注意が必要です。
Q2. 夫による子どもへの暴力が原因で一時的にシェルターに避難したことがあります。この事実は離婚原因として認められますか?
シェルターへの避難は、DVや虐待が深刻であったことを示す一つの事実として、離婚を主張するうえで有利な材料になる場合があります。ただし、それだけで離婚が確定するわけではなく、暴言や暴力の記録、診断書、写真、録音データなど、客観的な証拠をそろえることが重要です。
Q3. 夫が子どもに暴力をふるうわけではありませんが、子どもをほったらかしにするなど、世話をまったくしません。これは虐待になるのでしょうか?
十分に子どもの面倒をみず、食事や衛生管理などを怠る行為は「ネグレクト(育児放棄)」に該当します。家に閉じ込める、食事を与えない、重い病気になっても病院に連れて行かないなどもネグレクトの一例です。
Q4. 夫が子どもに性的な言動をとっているようで不安です。まだ直接的な被害は確認できませんが、どうすればよいでしょうか?
性的虐待は表面化しづらく、子ども自身が言葉で説明できない場合があります。不安を覚えた時点で警察や児童相談所、行政機関へ相談することが望ましいでしょう。性的虐待が疑われる場合、早急な専門家の介入が必要です。
Q5. 夫の虐待行為を放置していると、私(母親)も犯罪に問われる可能性があると聞きました。本当でしょうか?
知りながら放置していると「ネグレクト」として母親自身も虐待行為を行っているとみなされる場合があります。法的責任を問われるリスクがあるうえ、子どもの安全を確保しないこと自体が深刻な問題です。
解説
1. 子どもへの虐待の現状
厚生労働省の統計でも示されるとおり、児童虐待件数は増加の一途をたどっています。近年は「心理的虐待」が「身体的虐待」を上回るケースが多く報告されています。子どもの目の前で暴力をふるったり罵詈雑言を浴びせたりする行為も、子どもにとっては精神的苦痛となり、「虐待」として認識されることを理解しておく必要があります。
また、虐待は家庭内だけの問題にとどまらず、学校でのいじめや社会生活への適応障害など、成長過程全体に悪影響を及ぼす可能性があります。虐待が起きている、あるいは起きそうだと感じたときに、周囲がどれだけ早く手を差し伸べられるかが、子どもの将来を左右するといっても過言ではありません。
2. 児童虐待とDVの関係
DV(ドメスティック・バイオレンス)は配偶者やパートナーに対する暴力行為を指しますが、子どもがいる家庭では、DVが子どもに向く、または子どもの目の前で起きることで、児童虐待と表裏一体の問題となるケースが少なくありません。
- 身体的虐待
殴る、蹴る、火傷を負わせるなど子どもの体に直接害を加える行為。 - 性的虐待
子どもに性的な行為を強要したり、子どもに見せたりする行為。 - ネグレクト(育児放棄)
食事を与えない、極端に不潔な環境で放置する、病院に連れて行かないなど。 - 心理的虐待
暴言を浴びせる、無視する、子どもの目の前で家族に対して暴力をふるう(面前DV)など。
これらの行為は、いずれも法律で禁止されており、刑法や児童福祉法違反などに問われる重大な違法行為です。子どもの成長に深刻な悪影響を及ぼすため、早期発見・早期対処が求められます。
3. 子どもの虐待の4類型
身体的虐待
殴る、蹴る、首を絞めるなど、子どもの身体に直接危害を与える行為を指します。強く揺さぶる、部屋に閉じ込める、タバコの火を押しつけるなども身体的虐待に該当します。子どものけがが深刻化する恐れだけでなく、暴力に慣れてしまうと大人になっても自分の子どもに対して同じことをしてしまう「虐待の連鎖」が起こる可能性があります。
性的虐待
子どもへの性的行為や、子どもに性的行為を見せる、ポルノ被写体にするなどの行為を指します。子どもはまだ判断力が未熟で、自分が何をされているのか理解できないケースも多く、重大なトラウマや身体的・精神的被害を負ってしまいます。
ネグレクト(育児放棄)
極端に放置し、必要な食事や医療、衛生管理を行わない行為です。家に閉じ込める、食事を与えない、重い病気でも病院に連れて行かないなどが典型例です。さらに、夫が虐待しているのを知りながら放置する行為や、育児に全く協力しない行為も、広い意味ではネグレクトとみなされる場合があります。
心理的虐待
子どもへの罵倒や脅し、無視、子どもの前で他の家族に暴力をふるうなどが該当します。夫婦喧嘩やDVを子どもの目の前で繰り返す「面前DV」も心理的虐待です。身体的暴力がなくても、子どもは強い不安と恐怖を感じ、心に大きな傷を負う可能性があります。
4. 夫の虐待を放置した場合のリスク
夫による虐待を知りながら、子どもを救うための措置(児童相談所への通告など)をとらないでいると、母親も「監護を著しく怠っている」という理由で、法的責任を問われる可能性があります。いわゆる「共犯」とみなされたり、ネグレクトの一部と判断されたりするため、子どもの安全のためにも早期に対応をとることが求められます。
5. 離婚の前にすべきこと
身の安全を確保する
最優先すべきは、母親と子どもの命や身体の安全です。激しい暴力がある場合は、警察へ連絡したうえでシェルターや親族宅などに避難しましょう。近年は女性向けの一時避難先(シェルター)や自治体の保護施設が充実してきており、すぐに逃げられる状況が整いつつあります。
行政機関・児童相談所に相談する
地方自治体の行政窓口や児童相談所、DV相談窓口に相談しましょう。緊急度が高い場合は警察と連携するケースもあります。自分だけで抱え込まず、専門機関に協力を仰ぐことが大切です。
証拠を集める
離婚や親権争いで重要となるのは、やはり「証拠」です。暴言が録音できるボイスレコーダー、暴力の痕跡を示す写真や診断書、罵詈雑言のLINE・メールのスクリーンショットなど、後で法的手続きに役立つものはできるだけ集めておきましょう。
6. 子どもを虐待する夫との離婚について
子どもへの虐待が理由での離婚
子どもへの虐待が理由で離婚を考える場合、1回の暴力で絶対に離婚が認められるとは限りません。ただし、児童虐待防止の観点からも、虐待行為があった事実は大きな考慮要素となります。どの程度の暴力や暴言があったのか、どのような証拠があるのかによって判断が変わるため、専門家への相談が不可欠です。
虐待を受けた場合の慰謝料
虐待が原因でPTSDや心的外傷などを負い、精神的苦痛を受けたと認められれば、慰謝料請求が可能です。ただし、慰謝料の金額は虐待の程度や期間、被害者の心身の状態によって変わります。診断書やカウンセリング報告など、精神的被害を立証するための資料をそろえておきましょう。
7. 離婚時に押さえておくポイント
証拠を集める
夫が離婚後に「親権」を主張してくる可能性があります。親権を確実に確保するためにも、子どもへの虐待があった証拠は非常に重要です。写真・録音データ・診断書・メール・LINEのやり取りなどを体系的に保管しておきましょう。
別居する
子どもの身の安全が最優先です。もし夫が虐待を続けるならば、すぐに安全な場所へ避難し、別居を検討してください。別居後に離婚調停や裁判に臨むケースも多く、子どもに被害が及ぶ前に離れることが重要です。
弁護士に相談するメリット
法律的なアドバイスが得られる
DVや虐待事案における離婚問題は、民法や刑法、児童虐待防止法など複数の法律が複雑に絡み合います。弁護士は法的根拠に基づいたアドバイスを提供し、もっとも有利な進め方を提案できます。
証拠集めや手続きのサポート
DVや虐待の被害を受けた事実を立証するために、弁護士は必要な証拠を整理し、適切な機関と連携してくれます。離婚調停や訴訟の手続きもスムーズに進められます。
精神的な負担を軽減できる
家庭内での暴力や虐待を経験すると、被害者は精神的にも大きなストレスを抱えます。弁護士に手続きを任せることで、被害者自身が相手と直接やり取りする負担を減らし、本来の生活に集中しやすくなります。
親権・養育費・財産分与の問題にも対応
子どもを抱えての離婚で重要なのが、親権や養育費、財産分与です。相手が暴力的で話し合いが進まない場合でも、弁護士を通じて交渉すれば、適切な条件で離婚を成立させやすくなります。
まとめ
子どもへの虐待は、身体的な暴力に限らず、心理的虐待や性的虐待、ネグレクト(育児放棄)など、多岐にわたる問題です。夫婦間のDVが子どもの目の前で行われることで、子どもの心に大きな傷を負わせる可能性もあります。離婚を検討する場合、まずは子どもの安全確保と、証拠の収集を最優先としてください。そのうえで、専門家のサポートを得ながら離婚や親権・養育費などの問題を解決していくことが望ましいでしょう。
虐待やDVの問題は、被害者だけではなく子どもの将来にも大きな影響を及ぼします。一人で悩んでいる方は、ためらわずに専門機関や弁護士へ相談してください。
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