はじめに:離婚後の生活再建と公的支援の「両輪」
離婚は、法的な身分関係の解消であると同時に、家計の根本的な再構築を意味します。特に、子どもを引き取り、ひとり親(シングルマザー・シングルファーザー)として生活を再スタートさせる場合、経済的な不安や困窮は課題となります。
離婚後の生活設計は、「相手方から得る私的扶養(養育費、財産分与)」と、「国・自治体から得る公的支援(社会保障、手当)」の二つの車輪で考える必要があります。養育費を確実に取り決めることはもちろん重要ですが、それだけでは子育て世帯の生活費を賄いきれないケースも少なくありません。
幸い、日本にはひとり親家庭を支えるための様々な公的支援制度が存在します。2024年(令和6年)10月からは、中核的な制度である「児童手当」が拡充され、ひとり親世帯を含めた全ての子育て世帯への支援が強化されます。
本稿では、離婚後に利用できる公的支援制度、特に「児童手当」と「児童扶養手当」という二つの重要な手当の違い、そして最終的なセーフティネットである「生活保護」の利用について解説します。
Q&A:離婚後の公的支援に関する実務上の主要な疑問
Q1:2024年10月から児童手当が大きく変わると聞きました。離婚後の受給はどうなりますか?
はい、2024年(令和6年)10月分(2025年2月の初回支給から)より、児童手当の制度が抜本的に拡充されます。
主な変更点は以下の4つです。
- 所得制限の撤廃
従来は一定以上の所得があると手当が減額・停止されましたが、これが撤廃されます。高所得の世帯でも満額が支給されます。 - 支給期間の延長
従来は「中学校卒業まで」でしたが、「高校生年代まで」(18歳に達する日以後の最初の3月31日まで)に延長されます。 - 第3子以降の増額
第3子以降(※)の支給額が、年齢にかかわらず月額30,000円に増額されます。 - 支給回数の変更
年3回(4ヶ月ごと)から、年6回(偶数月)に変更されます。
離婚後は、実際に子どもを監護(養育)している親が受給者となります。離婚届の提出と同時に、速やかにお住まいの市区町村の窓口で「受給者変更」の手続きを行う必要があります。
Q2:「児童手当」と「児童扶養手当」の違いがよく分かりません。
この二つは名称が酷似していますが、全く別の制度であり、離婚後の生活設計において重要です。
- 児童手当
全ての子育て世帯が対象です(2024年10月以降は所得制限なし)。離婚してもしなくても、子どもを養育していれば支給されます。 - 児童扶養手当
ひとり親家庭(離婚、死別、未婚の母など)のみを対象とした、生活支援のための手当です。こちらには所得制限があります。
離婚した場合、条件を満たせば「児童手当」と「児童扶養手当」の両方を受給することが可能です。
Q3:児童扶養手当(ひとり親の手当)は、いくらもらえますか?
支給額は、あなたの所得、子の人数によって「全部支給」「一部支給」「全部停止」に分かれます。
令和7年(2025年)3月分までの月額は以下の通りです(※物価スライドにより毎年見直されます)。
- 子1人の場合
- 全部支給:月額 45,500円
- 一部支給:月額 45,490円 ~ 10,740円(所得に応じて変動)
- 子2人目の加算
月額 10,750円(全部支給の場合) - 子3人目以降の加算:1人につき 月額 6,450円(全部支給の場合)
例えば、子が2人で全部支給の場合、月額 56,250円(45,500 + 10,750)が支給されます。
Q4:養育費をもらうと、児童扶養手当は減額されますか?
はい、減額されます。
児童扶養手当の所得制限を計算する際、あなたが受け取った「養育費の約8割相当額」が、あなたの「所得」として合算されます。
例えば、あなたの給与所得が100万円、元夫から養育費を年間60万円(月5万円)受け取った場合、所得審査では「100万円 + (60万円×0.8) = 148万円」があなたの所得として計算されます。
この結果、所得制限の上限を超えてしまい、児童扶養手当が「全部支給」から「一部支給」に減額されたり、「全部停止」になったりする可能性があります。
Q5:生活保護はどのような場合に利用できますか?
生活保護は、「世帯の収入や資産が、国が定める最低生活費を下回り、他に利用できる公的支援や親族からの援助(扶養)を受けてもなお、最低限度の生活を維持できない場合」に利用できるセーフティネットです。
離婚後、ひとり親となり、働いても収入が極めて低い場合や、養育費を受け取っても生活が困窮する場合、生活保護を申請することができます。生活保護が決定されると、生活費(生活扶助)、家賃(住宅扶助)、子の学費(教育扶助)、医療費(医療扶助)などが支給されます。
Q6:離婚後すぐに生活保護を申請するときの注意点はありますか?
生活保護制度は「他のあらゆる手段を尽くしてもなお困窮する場合」に適用されます。そのため、生活保護を申請すると、福祉事務所は「扶養義務者からの援助」を優先するよう求めます。
具体的には、福祉事務所から元配偶者(子の親)に対し、「(子の)扶養義務を履行できますか?」という照会(いわゆる「扶養照会」)が行われるのが原則です。元配偶者から養育費を受け取れるのであれば、そちらを優先するよう指導されます。
ただし、DVや深刻なモラハラが理由で離婚した場合など、扶養照会を行うことで申請者に危険が及ぶ恐れがある場合は、この扶養照会を拒否し、行わないよう求めることができます。
解説:離婚後の公的支援制度
離婚後の生活を支える主要な公的支援制度について、その内容と注意点を詳述します。
児童手当:2024年10月からの新制度
2024年10月分から、児童手当は「所得制限の撤廃」と「高校生までの期間延長」という二大改正により、全ての子育て世帯にとっての恒久的な支援策として強化されました。
- (1)目的:全ての子育て世帯の支援。
- (2)所得制限:撤廃。親の年収にかかわらず、満額が支給されます。
- (3)支給対象:高校生年代まで(18歳到達後最初の3月31日まで)。
- (4)支給額(月額):
表2:児童手当の新制度(2024年10月分~)の支給額
| 児童の年齢 | 第1子・第2子 | 第3子以降(※) |
| 3歳未満 | 15,000円 | 30,000円 |
| 3歳以上~高校生年代 | 10,000円 | 30,000円 |
| (※「第3子」とは、18歳年度末までの養育している児童の中で数えます。例:20歳(大学生)、17歳(高3)、14歳(中2)の子がいる場合、17歳の子が第1子、14歳の子が第2子としてカウントされます。) |
- (5)離婚後の手続き(最重要)
児童手当は、原則として「生計を主に維持する者」(通常は所得の高い方の親)に支給されています。離婚した場合、それまで受給者だった親(例:夫)が受給資格を失い、実際に子どもを監護する親(例:妻)が新たな受給者となります。
離婚届を提出した後、速やかにお住まいの市区町村役場で「児童手当 認定請求書(受給者変更)」を提出する必要があります。
児童扶養手当:ひとり親支援
これは「ひとり親」専用の手当であり、離婚後の生活において児童手当と並ぶ、あるいはそれ以上に重要な収入源となります。
- 目的
ひとり親家庭の生活の安定と自立の促進。 - 支給対象
離婚などで父または母と生計を同じくしていない児童(18歳到達年度末まで。障害がある場合は20歳未満)を監護している母、または監護し生計を同じくする父、あるいは養育者。 - 所得制限と養育費の扱い(最重要)
この手当の注意点が「所得制限」です。そして、その所得計算には「養育費の8割相当額」が含まれます。
(例)給与所得150万円、養育費を年間100万円(月約8.3万円)受け取った場合。
所得認定額 = 150万円(給与所得控除後)+(100万円 × 0.8)= 230万円
この「230万円」という金額が、市区町村の定める所得制限限度額(扶養人数によって異なる)を超えると、手当は「一部支給」または「全部停止」となります。 - 戦略的視点
養育費の金額を交渉する際は、この児童扶養手当の減額を考慮した「世帯としての実質手取り額」をシミュレーションすることが重要です。
(例)養育費を月5万円から7万円に増額交渉しても、その結果、児童扶養手当が月2万円減額されてしまえば、実質的な手取りは変わらない、という事態も起こり得ます。
児童手当と児童扶養手当の比較
両制度は全く別物であるため、その違いを正確に理解しておく必要があります。
表3:「児童手当(新制度)」と「児童扶養手当」の比較
| 項目 | 児童手当(2024年10月改正後) | 児童扶養手当 |
| 目的・対象 | 全ての子育て世帯 | ひとり親家庭の生活安定 |
| 支給対象児童 | 高校生年代まで | 18歳到達年度末まで |
| 所得制限 | なし(撤廃) | あり |
| 養育費の影響 | なし | あり(養育費の8割が所得認定) |
| 支給額(例) | 月10,000円(第1子/3歳以上) | 月45,500円(第1子/全部支給) |
その他の公的支援(自治体独自制度)
上記の手当に加え、ひとり親家庭は自治体独自のきめ細かな支援を受けられることが多いです。
- ひとり親家庭等医療費助成制度(マル親)
ひとり親家庭の親と子が、病院などで診療を受けた際の「医療費の自己負担分(保険診療)」を、自治体が助成(無料または一部負担)する制度です。重要な制度であり、申請が必要です。 - 母子父子寡婦福祉資金貸付金
子どもの進学費用(修学資金)や、親が資格取得で就職するための費用(技能習得資金)、事業を開始する費用(事業開始資金)などを、無利子または低利で借りられる貸付制度です。 - 税制優遇(ひとり親控除)
離婚後、一定の条件を満たすひとり親は、年末調整や確定申告で「ひとり親控除」を適用でき、所得税や住民税が軽減されます。 - その他
自治体により、公営住宅への優先入居枠、保育料の減免措置、JR通勤定期券の割引、粗大ごみ手数料の減免など、多様な支援が用意されています。
セーフティネット:生活保護
上記全ての支援を活用し、養育費を受け取ってもなお生活が困窮する場合、生活保護の利用を検討します。
- 養育費との関係
生活保護を受給しながら養育費を受け取ることは可能です。ただし、受け取った養育費は全額「収入」として福祉事務所に申告しなければなりません。その収入分を差し引いた「最低生活費との差額」が、保護費として支給されます。養育費の受け取りを隠して保護費を満額受給すると「不正受給」となり、後に全額返還を求められるため、行ってはいけません。 - 扶養照会
前述の通り、申請時には原則として元配偶者への「扶養照会」が行われます。しかし、DVや虐待が離婚原因である場合は、申請者の安全を最優先し、この照会を「拒否」することが実務上認められています。申請時に、離婚に至った経緯を福祉事務所のケースワーカーに説明することが重要です。
弁護士に相談するメリット
離婚後の公的支援の活用は、養育費や財産分与の交渉と密接に関連しています。
- 養育費交渉と公的支援の最適化シミュレーション
弁護士は、養育費の金額交渉において、単に算定表の金額を主張するだけではありません。養育費をいくら受け取ると「児童扶養手当」がいくら減額されるかをシミュレーションし、依頼者の「実質的な世帯手取り額」が最大化する最適な養育費のラインを探る、戦略的なアドバイスを提供します。 - 公的手続きの漏れ防止とアドバイス
離婚成立後、直ちに行うべき「児童手当の受給者変更」、「児童扶養手当の新規申請」、「ひとり親医療費助成」などの行政手続きをリストアップし、手続きの漏れがないようサポートします。 - 生活保護申請時の「扶養照会」への対応
DV事案などで生活保護を申請する際、福祉事務所からの「扶養照会」を拒否するために、弁護士が代理人として、あるいは助言者として、DVの事実や照会がもたらす危険性を法的に説明し、申請者が安心して保護を受けられるようサポートします。 - 養育費の確実な確保
公的支援は重要ですが、それだけに依存するのは不安定です。弁護士は、生活の基盤となる「養育費」の取り決めを公正証書で行い、不払い時には強制執行を行うことで、「私的扶養」という第一の柱を確実に確保します。
まとめ
離婚後の経済的自立は、「養育費」という私的扶養と、「公的支援」という二つの柱で支えられます。
公的支援の柱は、2024年10月改正により所得制限が撤廃され高校生まで延長される「児童手当」と、ひとり親家庭のみが対象で所得制限がある「児童扶養手当」です。
特に児童扶養手当は、受け取った養育費の8割が所得認定されるため、養育費の交渉はこの手当の減額も考慮した戦略が必要です。
これらの支援を受けてもなお困窮する場合は、最終的なセーフティネットとして「生活保護」があります。DVが理由の場合、元配偶者への「扶養照会」は拒否できる場合があります。
離婚後の手続きは複雑かつ多岐にわたります。弁護士と協力し、養育費の確保と、漏れのない公的支援の申請を同時に進めることが、子どもとの新しい生活を安定させるための鍵となります。
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