はじめに
「不倫をしてしまったのは自分だが、妻(夫)との関係は修復不可能なほど冷え切っている。新しい人生を歩むために離婚したい」
このような悩みは、倫理的な側面から批判を受けることが多く、周囲にも相談しづらいものです。しかし、実際に夫婦関係が破綻しているにもかかわらず、法的な婚姻関係だけを半永久的に強制し続けることが、果たして当事者双方にとって最善なのかという議論は、法律の世界でも長なくなされてきました。
法律用語では、不貞行為(不倫)や暴力などによって離婚の原因を作った側の配偶者を「有責配偶者」と呼びます。原則として、有責配偶者からの離婚請求は裁判所によって棄却されます。「自分から裏切っておきながら、離婚を迫るとは身勝手すぎる」という考え方が根底にあるからです。
しかし、絶対に不可能というわけではありません。過去の裁判例(判例)の積み重ねにより、厳しい条件ではありますが、有責配偶者からの離婚請求が認められるケースも確立されています。また、裁判による判決を待たずとも、誠意ある条件提示によって話し合い(協議や調停)で離婚に至るケースも少なくありません。
本記事では、有責配偶者からの離婚請求が認められるための法的要件(3つの条件)、別居期間の目安、そして現実的な解決策としての「和解」について解説します。
Q&A
Q1. 不倫相手と再婚したいと考えています。妻(夫)が離婚に反対していても、いつかは離婚できますか?
非常にハードルは高いですが、条件を満たせば将来的に認められる可能性はあります。
相手が合意しない限り、最終的には裁判で離婚を認めてもらう必要があります。有責配偶者(あなた)からの請求の場合、裁判所は「信義誠実の原則」に照らして厳しく判断します。具体的には、長期間の別居実績を作り、未成年の子どもが自立し、さらに離婚によって相手が過酷な状況に陥らないよう十分な経済的補償をする必要があります。これらが揃えば、判決で離婚が認められる可能性があります。
Q2. 有責配偶者が離婚するために必要な「別居期間」はどれくらいですか?
明確な決まりはありませんが、一般的には「10年程度」が一つの目安とされています。
ただし、これは固定された数字ではありません。同居期間との比較で判断されるため、同居期間が短ければ(例えば3年)、別居期間が7〜8年でも「相当の長期間」と認められることもあり得ます。逆に、同居期間が20年以上と長ければ、10年以上の別居が必要になることもあり得ます。
Q3. 裁判で勝つ自信がありません。話し合いでお金を払って離婚することはできますか?
はい、実務上はその方法が現実的で、多くのケースで検討されます。
裁判で「判決」をもらうには厳しい要件が必要ですが、話し合い(協議・調停)で相手が納得すれば、その時点で離婚は成立します。そのため、有責配偶者側が相場よりも高額な慰謝料や解決金を提示し、財産分与でも譲歩するなど、「誠意ある条件」を示すことで、相手方の同意を取り付け、協議離婚・和解離婚に至るケースはあります。
解説
1. 有責配偶者とは?なぜ離婚請求が難しいのか
有責配偶者の定義
有責配偶者とは、民法上の離婚原因(法定離婚事由)を自ら作り出した配偶者のことです。
最も典型的な例は「不貞行為(不倫)」を行った配偶者です。その他にも、「悪意の遺棄(生活費を入れず家出するなど)」や「配偶者への著しい暴力・虐待(DV)」なども有責行為に該当します。性格の不一致のみでどちらが悪いとも言えない場合は、有責配偶者には該当し難いといえます。
「踏んだり蹴ったり」は許さない
かつて日本の裁判所は、「有責配偶者からの離婚請求は一切認めない」という強硬な姿勢をとっていました。これを「有責配偶者からの離婚請求棄却の原則」といいます。
理由は、「自らルールを破って婚姻関係を破壊した者が、その利益(離婚による自由)を享受することは正義に反する」「罪のない配偶者が一方的に追い出され、路頭に迷う(踏んだり蹴ったりの状態になる)ことを防ぐ」ためです。
法的には「クリーンハンズの原則(法に救済を求める者は、自らの手が汚れていてはならない)」の現れとも言えます。
しかし、夫婦の実態が完全に失われているのに、戸籍上の夫婦であることだけを強制し続けることは不自然であり、事実婚(内縁関係)の保護などの観点からも問題があると考えられるようになりました。そこで、最高裁判所は昭和62年に判例を変更し、一定の要件下で有責配偶者からの請求を認めるようになったのです。
2. 有責配偶者の離婚請求が認められる「3つの要件」
最高裁判所(昭和62年9月2日判決)が示した、有責配偶者からの離婚請求が認められるための3つの要件について解説します。
① 夫婦の別居が、両当事者の年齢や同居期間と対比して、相当の長期間に及んでいること
単に「別居している」だけでは足りず、「相当の長期間」が必要です。
- 判断基準: 具体的な年数(例えば10年)だけで決まるのではなく、「同居していた期間」とのバランスで見られます。
- 例1: 同居15年に対し、別居2年 → 認められない可能性が高い。
- 例2: 同居5年に対し、別居8年 → 認められる可能性がある。
- 近年の傾向: 以前よりも必要な期間は短くなる傾向にありますが、それでも有責性のない離婚(性格の不一致など)で必要とされる期間(3〜5年程度)に比べると、さらに長い期間(7〜10年以上)が求められます。
② 夫婦の間に未成熟の子が存在しないこと
夫婦間に、親の監護(世話・養育)を必要とする子ども(未成熟子)がいないことが条件です。
- 未成熟子とは: 必ずしも「未成年(18歳未満)」とイコールではありません。経済的に自立していない子どもを指します。
- 高校生以下の子どもがいる場合、原則として離婚は認められません。
- 大学生の場合、親の扶養が必要であるため「未成熟子」とされることが多いですが、事案によっては認められることもあります。
- 子どもが成人し、社会人として自立していれば、この要件はクリアしたことになります。
- 趣旨: 身勝手な親の都合で、子どもの福祉や生活環境が害されることを防ぐためです。
③ 相手方配偶者が、離婚により精神的・社会的・経済的に極めて過酷な状態に置かれないこと
離婚を認めることで、罪のない配偶者が路頭に迷うような事態になってはいけないという要件です。
- 経済的側面: 相手方が専業主婦(主夫)で高齢、病気、無職などで自活能力がない場合、離婚によって生活保護水準以下の生活に陥るリスクがあれば、離婚は認められません。
- 精神的側面: 離婚そのものが相手に著しい精神的苦痛を与え、耐え難い状況にする場合も考慮されます。
- 対策: 有責配偶者側が、十分な財産分与や慰謝料、あるいは離婚後の扶養的な金銭支払いを行うことで、相手方の生活の目処が立つように配慮すれば、この要件をクリアできる可能性があります。
3. 「判決」ではなく「和解」を目指す現実的ルート
上記の3要件をすべて満たして「裁判(判決)」で離婚を勝ち取るのは、時間も労力もかかり、非常に困難な道のりです。別居を10年続ける覚悟が必要な場合もあります。
そこで、実務上多くの有責配偶者が選択するのは、判決ではなく「交渉による和解離婚」です。
解決金による交渉
裁判所が判決で離婚を命じるには厳しい条件が必要ですが、当事者同士が合意すれば、理由は問われず即座に離婚できます。
相手方が離婚を拒否している主な理由は、「感情的な許せなさ」と「離婚後の生活不安」です。これらを解消するために、以下のような条件を提示して交渉を行います。
- 高額な慰謝料(解決金)の支払い
不貞行為の慰謝料相場(100万〜300万円)に上乗せして、「解決金」としてまとまった金額(例えば500万円〜1000万円など、資産状況による)を支払う。 - 財産分与の譲歩
法律上のルール(2分の1)を超えて、相手に多くの財産(自宅不動産など)を譲る。 - 養育費の増額
算定表の相場よりも高い養育費を、子どもが大学を卒業するまで支払う約束をする。
このように、「離婚した方が経済的には得になる」「生活の心配がなくなる」という状況を作ることで、頑なだった相手方の態度が軟化し、和解に応じるケースは少なくありません。
有責配偶者がやってはいけないこと
交渉を有利に進めるために、避けるべき行動があります。
- 生活費(婚姻費用)を止める
「兵糧攻め」のように生活費を渡さなくなることは、さらなる有責行為となり、裁判官の心証を悪化させます。むしろ、別居中も誠実に生活費を払い続けることが、「別居期間の実績」として正当に評価されるために大切です。 - 強引な態度
「どうせ別れるんだから」と高圧的な態度を取ると、相手の感情を逆なでし、「意地でも離婚しない」と固執させてしまいます。あくまで「申し訳ないが、離婚してほしい」という低姿勢を貫くことが、結果として近道になります。
4. 判例で見る「認められたケース」と「認められなかったケース」
認められたケース(最高裁 平成2年11月8日判決など)
- 別居期間: 同居22年に対し、別居9年8ヶ月。
- 子どもの状況: 子どもは成人しており、独立していた。
- 相手方の状況: 相手方は経済的に困窮しておらず、離婚によって過酷な状態にはならないと判断された。
- ポイント: 有責配偶者側が相手方に相応の財産分与を提案していたことも考慮された。
認められなかったケース
- 別居期間不足: 同居期間に比べて別居期間が短い(例えば同居10年で別居数年など)。
- 未成熟子の存在: 高校生の子どもがおり、親権や養育環境に不安がある。
- 経済的困窮: 離婚すると妻が病気で働けないにもかかわらず、十分な補償が提示されていない。
このように、裁判所は「形式的な年数」だけでなく、「離婚後の相手方の生活」を非常に重視しています。
弁護士に相談するメリット
有責配偶者からの離婚請求は、通常の離婚事件よりも高度な戦略と粘り強い交渉が求められます。弁護士に依頼することで、以下のようなメリットが得られます。
1. 「勝てる見込み」と「必要な期間」の正確な診断
あなたの別居期間や家族構成、資産状況を分析し、裁判で離婚が認められる可能性がどの程度あるか、あと何年別居が必要かといった見通しを立てることができます。無理な裁判を起こして棄却される(離婚できないというお墨付きをもらってしまう)リスクを回避できます。
2. 感情的対立を緩和する交渉の代行
当事者同士で話をすると、どうしても相手は「裏切られた」という感情から激昂し、話し合いになりません。弁護士が代理人として間に入ることで、感情的な対立をワンクッション置き、冷静に条件面の話し合いに移行させることができます。
3. 和解を引き出すための「条件パッケージ」の作成
相手方が離婚に応じざるを得ない、あるいは応じた方がメリットがあると思えるような「解決金」「財産分与」「養育費」の最適な組み合わせを提案します。単にお金を積めばいいわけではなく、相手の将来の不安(住居、年金、老後資金など)を具体的に解消する提案が鍵となります。
4. 正当な別居のサポート
これから別居する場合、方法を間違えると「悪意の遺棄」としてさらに立場が悪くなる場合もあり得ます。弁護士のアドバイスの下、婚姻費用の分担などを適切に行いながら、離婚への第一歩となる「実績としての別居」を安全に開始できます。
まとめ
有責配偶者からの離婚請求は、原則として困難です。しかし、「絶対に不可能」ではありません。以下のポイントを押さえることが重要です。
- 3つの厳格な要件: 「長期の別居」「未成熟子がいない」「相手方の保護」が必要です。
- 時間は味方につける: 焦って裁判をするより、誠実に婚姻費用を払いながら別居期間を積み重ねることが、結果的に法的立場を強くします。
- 和解が現実的な近道: 判決にこだわらず、誠意ある解決金を提示して、協議や調停での合意を目指すのが賢明です。
- 誠実な対応: 有責配偶者だからこそ、相手方への配慮や経済的な責任を果たす姿勢を見せることが、裁判所や相手方の態度を変えるきっかけになります。
「自分が悪いから、一生離婚できないのか」と絶望する前に、まずは専門家にご相談ください。状況に応じた最適な解決策は必ず存在します。弁護士法人長瀬総合法律事務所は、複雑な事情を抱えた離婚問題にも真摯に向き合い、新しい人生への再出発をサポートします。
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